考える練習

舞台やイベントの感想など

浪漫活劇譚 艶漢 第四夜 感想

今回最後の週しか取っていなくて、自粛要請が出てばたばた公演中止が出ていたので、どうなるかはらはらしたんですが、やってくれてよかった…。ありがとうクリエ。ちなみに観劇時はマスク着用推奨で、マスクしてないお客さんには声をかけて着用をお願いする徹底ぶりでした。


水劇の話は舞台化難しいだろうなと思っていたので、水劇のくだりをやるらしいと聞いて「まじか」となったんですが、照明、音響、そして役者さんの動きにより、ちゃんと水劇でした。弁士っぽい感じで芝居の説明してるの見て、そうか演者は水の中だから喋れないんだ!とあらためて実感したり。

お互いにないものねだりしていたことがわかる、というわかってみれば卑小なんだけど、その人間の小ささがいじらしく思える感じがして、このエピソードはなんとなくほっこりします。どろどろではあるけども。

その分、漁火のゲスさがきわだつ感じで、これまで尚哉くんの悪役見たことなかったんですが、いい感じにセコい悪役って感じでよかった。

詩郎は公演を経るごとに色気が増してる感じで、今回もよかった…。しかも光路郎に対しての信頼が育ってきている分、甘えが出てきていてそれがめちゃくちゃかわいい。「あてしだって!」って張り合うところとか、その甘えを感じて悶えました。あとラストあたりかな、「大馬鹿」って言うところで、光路郎と抱き合ってて光路郎には見えないからなのか、めちゃめちゃ嬉しそうな顔してるのがさ~~~!ずるい、その表情はずるい。

あと安里は今回も安里でした(感想)。登場しただけでぱぁっと雰囲気が華やかになり、目が惹きつけられる感じはすごいな~と毎度新鮮に驚きます。

さらりさらり、ぱったり - 能楽男師2「鴈礫・附子」感想(ネタバレなし)

舞台自体は二週間ぶりでそこまで久しぶりでもなかったんですが、荒牧さんを生で見るのがけっこう久しぶりだったので、五臓六腑に染み渡るような心持ちでしたね…。中止になるかどうかドキドキしましたがやってくれてありがたかった。

入場時にアルコール消毒&体温測定。会場内での物販はやめて通販のみ、キャスト宛の手紙やプレゼントの預かりもなし、という徹底ぶり。お客さん側もたぶん全員マスク着用、お手洗いでもみんな石鹸使って洗ったりアルコール消毒してたりで、ここから感染者を出さないという気迫を感じました。

生配信のタイムシフトが(たぶん日曜まで?)見られるので、ネタバレ配慮感想にしてみようと思います~。
※追記:販売期間3/21(土)16:30までだったようです。期限すぎてから見に行ってくださった方いたらすみません。
能楽男師 鴈礫・附子 (昼の部) - ニコニコ生放送
能楽男師 鴈礫・附子 (夜の部) - ニコニコ生放送
各4,000円(税込み)。
夜の部の方がキャストの緊張が取れててのびのびしてる感じだったので、どちらか買うなら、夜がオススメ。

会場について

会場は宝生能楽堂。舞台の構造と座席配置が面白い。下記リンクに座席表があるんですが、劇場の舞台に慣れてると衝撃の配置です。
チケットのご購入 | 公益社団法人 宝生会
正面の座席少なくない…??という…(笑) 脇正面と中正面がサイドシートだとすると約半分がサイドシートですよ。検索してみた感じ、他の能楽堂も同じ感じの配置だったので能舞台はこういうものっぽい。

これだけ脇正面の範囲が広いとなると脇からでも普通に楽しめるように作ってるのかな~と思ってたんですが、昼と夜で脇正面の後方列と正面中程の列から見た印象を比べると、やっぱり基本的には正面から見ることを想定して作られてるように思います。脇からだとところどころ表情見えないところがあるけど、正面からだとなかった気がする。

あと、舞台の四隅に屋根を支えるための柱があるんですが、これ中正面だと左手前の柱がけっこう邪魔だと思う。なので、もし選べるなら正面の座席選んだ方がいいですね。

それと、お手洗いの個室の数が20近くあって、めちゃめちゃ回転早かったのよかったです。

感想

まず衣装がかわいい!(ちなみに能楽では「装束(しょうぞく)」と言うらしい)


烏帽子かぶってるのが鴈礫(がんつぶて)での衣装で、身軽そうなのが附子(ぶす)の方の衣装です。色味がポップで目に楽しい。この衣装で出てきた時点で、「か、かわいい…」ってなってました。


最初、見て理解できるかが不安だったんですが、ふっつーに面白かったです。こんな楽しいとは思わなかった。わからない単語はちょこちょこ出てくるんですけど、話の筋がシンプルなのと、動作やセリフの言い方でだいたいわかる感じ。あと時間がそれほど長くないから集中力保つのもあるかも(鴈礫(がんつぶて)が約15分、附子(ぶす)が約25分)。

話の筋もちょろっと紹介しつつ…。

「鴈礫(がんつぶて)」

鴈(がん)は鳥の1種で、礫(つぶて)は石礫の礫。
ちょっと間抜けな大名(荒牧さん)が鳥でも狩るか〜と野遊山(≒ピクニック)に来たところに、鴈を発見。よし狩ろうかなというところに1人の男(健人くん)が通りすがる…というところから始まるお話。

健人くんが登場してからのスピード展開が楽しい。そもそも15分程度のお話なのでわりと何言ってもネタバレになってしまう…(笑) 大名がなんとも間が抜けてる一方で妙に賢しいところがあったりするのがより滑稽でおかしかった。

「附子(ぶす)」

附子というのはトリカブトのこと。
兄弟子と弟弟子が主人に留守を預かるよう命じられ、その際にこの箱には附子(トリカブト)が入っていて猛毒だからこれだけは開けてはならんぞと申し付けられたのですが、2人はそれが気になって気になって…というお話。

健人くんが兄弟子で荒牧さんが弟弟子。2人で一緒に何かする場面が多くてかわいかった〜。めちゃくちゃ子供っぽい感じでお互いに罪をなすり付けあったりしてたのがまたかわいかった(笑)

2019年の個人的トップニュース

2019年の観劇まとめ記事で書こうと思ってたのをうっかり書き損ねていたんですが、2019年のオタ活における個人的トップニュースは I くんに出戻りしたことでした。

元々、舞台俳優界隈に足を踏み入れるきっかけになったのは、ハイステであり、最初は I くんが「推し」でした。で、刀ステでAさんを知り、戦国無双でAさんが気になりだし、二推し期間を経てからの、Aさんに推し変。二推し期間の揺らぎは記事にも残っています。(「一推しと二推し問題」 「一推しと二推し問題 その後」)

メインがAさんに移ってからも、ゆるゆる追い続けてはいたものの、これまでの私の趣味遍歴を考えるに、一度熱量が下がったものにまた戻ることってなかったので、こんなことあるんだなぁ…と自分で驚いています。
( I くんとAさんって誰やねんという方はカテゴリをご覧ください)


最初のきっかけは2018年末~2019年にかけて行われたあんステMoMがめちゃくちゃよかったこと。開演前の期待値は別に高くなかったにも関わらず、東京公演4枚確保していたのが、結果的に功を奏しました。なぜそんなに持っていたのかというと、「あんステ」のチケットが取れるのがとにかく嬉しかったんですよね…(笑) Aさんが出てた時はほんっっっとに取れなくて苦汁をなめまくっていたので…。

1回行けたらいいなと思ってゆるゆる申し込みしてたはずが、自名義で取れた後も譲渡に声かけたりして、気づいたら4枚になってました。いやこんなにいらなくない…?って我に返ったりした。

東京で4回見て、地方公演はさすがに我慢しようって思って、結局我慢できず京都と大阪に行き…、千秋楽の宮城は迷ってるうちにチケットがなくなったので行かなかったんですが、あったらたぶん行ってましたね…。

この時は「たまたま作品が刺さっただけ」だと思ってたし、実際この時点ではそうだったんだと思います。大阪公演の終盤にエーステが始まってからは、そっちに気持ち持っていかれてたし(笑)

「楽しかったな~ いのみかちゃんかわいかったな~」ってなってるところに、カレンダー発売イベント(以降、カレイベ) がきまして。

それまで、I くんの接触に関しては個人イベントについてるの以外はすべてスルーしてたんですが、(接触は好きだけど苦手なので…) まぁテンションあがってるから行きますよね。

で、そのカレイベでの接触が、個人的に大成功でした。

「これが言いたい/聞きたい」が明確にあったのと、感覚的な話になるんですが、その日は I くんが"開い"てたので、こちらがあまり緊張せずに話せたのもあり、言いたいこと言えたし、聞きたいこと聞けたし、会話自体も楽しかった、という目的達成度120%みたいな感じでした。

あとAさんの接触スキルアップしてたのをこの時に感じました(笑) 強くてニューゲーム感があってなんか可笑しかった。

ペダステはまぁまぁ…だったんですが(演出家さんが合わないので通常営業)、好き度が上がってたからかわりと楽しかった記憶。リピチケで1回増やしました。

その次がヒロステ。先行段階でそれなりに頑張ってたので、カレイべの後に先行だったのかな。これも事前の期待値は高くなかったんですが、蓋を開けてみたらめちゃくちゃ出来が良くて楽しかった。わーってなって感想も書いた。(ヒーローとは何か? ヒロステ感想)

次の朗読劇「百合と薔薇」もま~よかったんですよね。話が好みだったのと、こういう演技好きだなっていうのが見れたので、また、好き度合いがあがり。

ヒロステ上海公演に行くのを決めたのは、単に「海外公演に行ってみたかったから」なんですが(我ながら理由が馬鹿である)、海外公演ならではの会場の盛り上がりがすごくてめちゃくちゃ楽しくて、あと海外旅行に久しく行ってなかったので(オタ活にお金使いすぎてて…)、そういう意味でも楽しかった。

その次のバースデーイベントについても記事書きましたが、これがまた楽しかったんですよね。この時はだいぶ笑った。

そこに舞台「上に行きたくないデパート」。微妙な小劇場演劇感を感じてチケ取り控えめにしてたんですが、蓋を開けてみたらめちゃくちゃよかった。脚本・演出の方が、リアルな会話が売りらしくて、その評判に違わないリアルさとテンポの良さがすごく気持ちよかった。

その次が血界戦線。これもよかったんですよね……。もともと西田さんの2.5は好きでよく見てるんですが、西田さんの演出と作品の雰囲気がすごくマッチしていて、これは西田さんの2.5のなかでも出色の出来なんじゃないかなと思います。Iくん演じるザップがほぼほぼギャグを担っていたのもあって、いのみかちゃんの時の日替わり芸再来、という感じで、遊び部分がまた楽しかった。

ペルソナ5 に関しても悪くはなかったのと、キャラがめっちゃ好みだった。。トレーディングがんばらないつもりだったけど8種集めてしまった。

何回「楽しかった」「よかった」と言うつもりなのかという感じですが、2019年はほんとに I くん関連が充実してたんですよね…。戦国無双でAさんを好きになってから3年半たって、そろそろテンションが落ちてきていたのも大きいんだと思いますが、そりゃこんだけ重なったら出戻るよね、と振り返って思いました。


そういえば、メインが変わるかもしれないということで書いた記事では、Aさんの供給の多さに慣れてしまったから、メイン変更は無理かも…って書いてたんですが、これ、慣れですね(身も蓋もない)。

そもそもAさんも公演中はともかく、稽古期間中はほぼSNS更新されないし、公演中の更新も定形フォーマットみたいな感じなので、トータルで考えると更新頻度(&密度)的には変わらない気がする。稽古期間中に限っていうなら、むしろIくんの方が更新頻度高いのでは?という。

大きく異なるのは、振り返りブログと配信がないので「こう考えて演じてました」というのがほぼ聞けない点なんですが、これも慣れですね(デジャヴュ)。最初はやっぱり寂しい感じがするというか、どう解釈してたのかを聞きたい感じがあったんですけど、最近はあんまり気にならなくなってきました。

Aさんもドンピシャで「このシーンの感情はこう」みたいなことは言わないようにはしてたと思うんですけど、やっぱり本人が「こういう解釈で演じてました」って言っちゃうと、それが「正解」みたいになるんですよね。本当はお芝居をどう受け取るか、どう読み取るかって自由なものだと思うんだけど、そう読み取れた人が「正しい」みたいになってしまう。

Iくんのように、一切その「正解」を言わないということは逆にコントロールもできないわけですが、こちらにその解釈を委ねられてるような気がするんですよね。どういう風に読み取ってもらっても構わないと言われてるみたいな。こっちが勝手にそう思ってるだけなんですけど(笑) その、ある種の信頼がかえって心地良いような感じもしていて、人間の慣れっておもしろいな~と思っています。

そっちに慣れてきたら、今度はAさんの方が過剰な気がしてきて、こないだの振り返りブログでも、私が「こういう風に見えるな」って思ってたことが意図的にやってたのがわかったんですけど、「『正解』きちゃった~ 答え合わせしたくなかったな~」みたいな気持ちになって、人間の適応能力はすごいなと思うと同時に、我ながら勝手だなと思いました(笑)

お芝居の受け取り方

見たもの聞いたものを、その時何を感じたかと一緒に心の中にぽんぽん放り込んでいって、そのブラックボックスから返ってきた解釈が私の解釈。という感じ。ぼやっとしたイメージみたいなもので、そのままだと言語化されていない。

なぜそのキャラがその行動に出たのかがわからなくて考えたい時はそのブラックボックスからいったん取り出してきて、表層意識の論理で組み立てて考える。

先日見たデカダンでここがわからないな…となって考えた時も、そういう感じだった。見ている最中に考えることは、あまりない。

悲伝で山姥切がなぜ三日月に切りかかっていくのかわからない、と言った時に、「わからないのはあなたが荒牧さんの演技を受け取れていないから」と言われたことがある。今考えると、俳優おたくに対してなかなかに侮辱的ですごいなと思うんだけど、まじめに考えるなら、わからないのが「正解」だよな、と思う。言えるのはせいぜい「私はこう解釈してます」まで。私たちは勝手に、それまでの行動とその時の演技から「こう考えてるんだろう」と読み取っているだけだ。

この件で印象的だったのは、初回観劇時のメモには、「こういう理由じゃないか」というのがちゃんと、書いてあったこと。その後、表層意識で取り出して考える過程で、そのあたりが接続できなくなったらしかった。

「クロードと一緒に」で、主人公の行動が、理屈としては理解できないけど、でも「わかる」という経験をした時に、驚きはしたけど戸惑いはそこまでなかったのは、頭での理解と心での理解は別物である、という認識がもともと私の中にわりと強くあったからなのかなと、今振り返ると思う。

壮大な叙事詩 - NTライブ「リーマン・トリロジー」感想 (ほぼネタバレなし)

NTライブというのは、英国ナショナル・シアターが厳選した舞台の映像を収録し、各国の映画館で上映するプロジェクトです。
https://www.ntlive.jp/home

なので、今作もすでに上演された芝居なのですが、本公演見た方々の、「これは面白いぞ!」という感想見て、気になったので、公開初日に行ってきました。

もうね~~めちゃめちゃおもしろかったです。3000円で見られるので、上映館が近くにあって お時間ある方はぜひ見てほしい。土日終わってから記事をあげるなという話ですが…笑。

上映館と上映スケジュールはこちら。


ユダヤ移民であるリーマン一家の長男がドイツからアメリカに移住するところから始まり、リーマン・ショックが起こる2008年までを描いた物語です。

三人称の語りがベースで、そこに芝居が差し込まれる形なので、最初は朗読劇でも見てるようで、不思議な芝居だな~と思ったんですが、常に客観的なところから見渡してる感じが、壮大な叙事詩という印象で、リーマン一家の歴史はアメリカの歴史と絡むこともあり、人の営む歴史のダイナミズムを感じさせるようで、途中から、「人が営む歴史」に対して、エモさを感じて、じんわりとこみ上げてくる気持ちに涙ぐみながら見ていました。

出てくる登場人物がみんなキャラが立っていて、そのくせ憎めない感じなのがまたいいんですよね…。俳優陣の演技のうまさももちろんなんですが、シーンの抽出の仕方もうまいんだろうな。150年を3時間半で描くということから、一人称での(というのも変な言い方ですが)芝居シーンは細切れに挿入されるにも関わらず、みんなすごく人間くさい。公平さを重んじるハーバートくんが子供時代に宗教の時間に神の行動について難癖つけてるシーンが好きw

最終的にはリーマン・ショックで終わることになるので、最後は「終焉」とでもいうような形で終わるのですが、栄枯盛衰という感じで、そこに至ってしまう流れが見ていてどこか哀しくて、なんともいえない気持ちになりました。かといってリーマン万歳みたいな話でもなく、投資銀行を始めるあたりからは物ではなく金を動かし、それによってお金を得ることに対して、リーマン一家内でも意見が割れたりして、お金でお金を生むことに対する批判的な目線もあります。

出演する俳優は3人だけで、すべての登場人物を演じ分けるのですが、すごいのが、男性・女性・子供ふくめて、それぞれちゃんと別の人物に見えること。複数の女性を続けざまに演じるシーンがあるんですが、トータル7人かな?ぐらいやってて、全部台詞回しから仕草から違ってて、ちゃんと別人で、圧巻でした。

それから舞台装置と音楽も素晴らしかった。
透明の四角い箱の中にオフィスっぽい小道具大道具が配置されているところから始まるのだけど、映像とあわせて、使い方が斬新で面白い。「そう使いますか!」という感じ。公式ツイッターにも画像上がってたけど、見に行く方はぜひ作中で確認してほしいなと思います。

音楽は2回目の休憩の最後に解説があるんですが、ピアノの生演奏で、役者さんの動きに合わせたりもしてるそうで、邪魔せず寄り添いつつ、エモさを盛り上げてくれる感じで音楽もとてもよかった…。

もう一度観に行くつもりなので、詳細な感想をその後でできたらあげたいな。

末満作品における伏線回収について

「末満作品は伏線回収がうまい・気持ちいい」という意見をときどき見るけど、私はそうは感じないんだよな、何によるんだろう……?と思っていたのが、理由わかったので、それについて。

末満作品は基本的に伏線の張り方と回収の仕方が派手なんですよね。「ここ!ここが伏線ですよ!」って感じで張って、回収の時も「さぁ!ここで回収します!どーん!」って感じ。こういうタイプの伏線は確かに末満作品では頻出します。ちょっと考えると「あぁあれそうだったな」と思い当たるものがある。これは非常にわかりやすいし、そういうタイプの伏線が好きな人にとっては、すごく気持ちいいんだろうなと思う。

じゃあなぜ私は「末満作品は伏線回収がうまい」という認識になってなかったというと、私にとってはそういうのって伏線ではないんですよね。張られた時はちょっと違和感感じる程度で、回収された時に「あっ、だからあの時!」とそのシーンに対しての見方が変わる、そういうのを私は伏線として認識してます。世界に対しての認識が一筆で鮮やかに塗り替えられるような感じ。これをやられるとめちゃめちゃ気持ちいいので、このタイプの伏線は大好きです。

で、末満作品だとこのパターンは基本的にないんですよ。どれも伏線を張る段階で「いかにも伏線でござい」という顔をしてしまっている。親切設計といえば親切設計なんですけどね。誰でも気づくから。ただ、私にとっては、ド派手に張られた伏線をド派手に回収されても、伏線というより、ただの筋書きに近い感覚になってしまうので、特に気持ちよさは感じないという…。「あー、あそこで張ってたやつだな」みたいになってしまう。

「伏線回収がうまい」という認識になるかどうかは、伏線にどこまで含めるかの違いによるものなんだなという話でした。

太陽の子が意味するもの - 舞台「DECADANCE」2回目 感想

1/29(水)ソワレを観劇。
1回目観劇後の感想はこちら。
舞台「DECADANCE」~太陽の子~ 感想 ※後半ネタバレ - 考える練習

解釈変わったとことか思いついたところを。
ネタバレ気にしてないので注意。

今回の座席はC列センブロ。思ってたよりはかぶらないなという印象。役者が立ってる分には問題なく見えますね。ただ、立ち位置によってはしゃがんだり座ったりすると前の人の頭がきれいにかぶってまったく見えない。

双眼鏡があればどこでも良席というスタンスなのですが、近いとやっぱり迫力があるというか、熱量を浴びる感じがありますね。ど真ん中で見得を切るシーンは意外と少なかったんだけど、オープニングでテイラーが「俺たちは太陽の中心だ!」って笑顔で言うところ、妙にどきどきしました。

それと、アクションの時の表情とか避け具合とかがよく見えるのが楽しかったな。西田さんの殺陣って基本的に間合いゆったりめに取って、その分勢いよく振るっていう感じだと思ってて、実際、大半はそうだと思うんだけど、誠治郎さんの振り回す剣が思ったより相手の顔の近いとこ通ってて「ひぇっ」ってなった。間合いがわかってるからこそできることだよな…。

太陽の子

前回の記事で、テイラーは何もしてないって書いてて、今回、やっぱ何もしてないよねって再確認してきたんですが(笑)、太陽は中心にいて動かない存在で、周囲の惑星が太陽の周りを回ることを考えると、テイラーは何もしないのが正しいのかなとぼんやり思ったりしました。

作品で太陽と月を対比させるのってよくやるけど、恒星としての関係性としては別に対比じゃないんだよな…と思ったり。ジェンバが「土の子」なのは地球のメタファーでもあるのかな。二人をつなぐ存在って考えるとそうだよね。

そういえば、ラストのオルタンシアの「そんなやついましたっけ?」っていうのが「土の子=>ツチノコ」を拾っていることに気づきました…w

あと、太陽の中心がよくわかんないな~と思ってたけど、これは作中でもちらっと言及されてるように「自分たちならなんでもできるという全能感」、世界の中心、的なことでいいのかな。

ラストの解釈

前回記事には全員生き延びる方向になるんじゃないか?と書いたんですが、いや違うな、と。たぶんマリウスは死んでしまうんだろうけど、彼にとってはやりたいことをやれた状態だし、テイラーとジェンバにとっては、旧友のやりたいことをサポートできたし、見届けられたということになる。ので、彼らにとってはハッピーエンドだったのかなぁと。

なぜ最後をぼかしてしまうんだ…と思ってたんですが、あのシーンで話を閉じることで、彼らにとって、これは肯定できる結末であることを強調できるからかなと。

この作品単体の話からちょっと逸れるのですが、西田さんのオリジナル舞台ってそういう、どんな悲劇的な結末に至ろうと、精一杯生きたなら、それを全力で肯定するという姿勢があることが多い気がしていて、その姿勢が好きだなと思います。

けど、やっぱ最後どうなったか描写か説明が欲しかったな~~~~(笑)