考える練習

舞台やイベントの感想など

知能検査(WAIS Ⅳ) を受けてみての雑感

※公式サイトに載っている程度ですが、WAIS検査の内容に振れるため、近々受ける予定のある方は注意。

先日、WAIS-Ⅳ(ウェクスラー成人知能検査)、いわゆるIQテストを受けて来ました。なぜ受けたのかというと、発達の凸凹を知りたかったのと、もしかして実は境界知能だったりする…?という疑念があり、そのあたりを確認したかったからです。

WAIS-Ⅳについての解説
【WAIS-Ⅳのすすめ】第一回:WAIS-Ⅳってなんだ?|もえ氏(萌大小姐)|note

受けてみての一番の感想は、知能検査って、あくまで知能の一部機能をはかる検査なんだな~でした。

結果について心理士さんから説明いただいた時に、「スマホのスペックみたいなものです」って仰ってたんですが、ほんとうにそうだなと思います。あくまで基礎スペックでしかない。

元々がこどもの発達度合いをはかるためのテストであることが影響しているのか、例えば言語に関する検査では単語単位での比較だったり説明だったりしか出題されなくて、文章を読んで意味がつかめるかとかの検査項目がないんですよね。まぁ語彙力というのはある程度そういった能力と比例するとは思うんですが。

単体の問題をどれだけ速く正しく解けるかのテストでしかないので、例えばすぐ解けるわけではない難しい問題にどう取り組むかとか、新しい物事を勉強する際にどの程度の速度理解度で吸収できるか、なんかはテストできないんですよ。

また、検査の時は間違えても不利益が発生することはないし、急かされることもなく、
安全な状況下でのテストになるので、何かしらプレッシャーがかかった状態でどうなるのか?もテストできない。


ちなみに知能検査、私はクリニックで受けて1万円だったんですが、心療内科で診療の一貫として受ける場合は保険適用になるので数千円で済むらしい…。まぁ、そっちの方が予約を取ってから検査を受けて、結果が出るまで時間かかりがちなようなので、結果的にはよかったかな(負け惜しみ)。


私の結果
点数書かない方がいいのかなとも思ったんですが、書いた方がわかりやすいしおもしろいかなと思ったので(?)書いてみます。

全検査 IQ 129

言語理解 115
知覚推理 126
ワーキングメモリー 137
処理速度 118

スコアの意味について (上述のブログ記事より引用)

同年齢内で平均的な結果であればIQ100で、結果が良ければ良いほどスコアが高くなっていきます。標準偏差1つ分結果が良ければIQ115(+1σ)、標準偏差2つ分結果が良ければIQ130(+2σ)で、IQが高ければ高いほど/低ければ低いほど出現頻度は低くなります。


クリニックによっては、下位検査の項目ごとの得点も教えてくれるところがあるようですが、私が受けたところでは教えてもらえたのは、上記の得点のみでした。

結果聞いた時は「高めですよ~」って言われても「そうなんだ」という感じで実感わかなかったんですが、全検査IQでいうなら、上位3%に入るのを見て確かに高めだな……!?と今更に実感。

「上位2%のIQの人たち」を謳い文句とするMENSAの入会基準がIQ130らしいので惜しい。でも考えてみると上位2%って50人に1人はいるわけでそこまで珍しくもないんですよね。

特にワーキングメモリーは上位1%の数値らしいんですが、ほんとか?という疑念が正直あります(笑) 下位検査が数字や数値に絡むものばかりだったんですが、私はどっちも好きなんですよね。計算を含む文章題の時は、「私珠算やってたので暗算できるんですが、大丈夫ですか?」って確認して、「大丈夫です」とは言われたものの、計算に関して、労力がかからないのが余裕に結びつかないわけないよなぁという…。


ただ、大事なのは能力ごとの差。ここが凸凹していればいるほど、生きづらさを感じやすいと言われてます。で、私の場合は一番高いワーキングメモリーが137というかなり高めな数値、知覚推理も126と高めなのに対して、処理速度118、言語理解115。落差が最大22。

PCで例えるなら「メモリは大きいし、CPUも悪くないのにIMEがいまいちで画面出力が遅い」みたいな感じ。処理そのものは別に遅くないのに出てくるのが遅いという感じですね。自分で書いてて悲しくなってきたな…。


低いだろう自覚のあった処理速度より言語理解の数値のほうが低いのが、私としてはけっこう衝撃だったんですが、試験を思い返すと言語理解の「類似」と「単語」でけっこう悩んだ問題が多かったので、数値が低いの、それはそうだな…という感じがする。

「単語」は単語の意味を説明する検査で、学術用語に近い単語はわりとさくさく説明できたんですが、日常用語に近いやつはだいたい説明に苦慮しました。「類似」は逆に具体的な単語はさくさくいけたけど、抽象的な単語になると全然わからなくて、
私「うーん……わからないです……」
心理士さん「何かないですか??」
という感じで励まされつつすごいがんばってひねり出していた……。

あとこのあたりの検査は、わかっていてもうまく説明できない場合は点数が低くなりそうなので、言語理解はアウトプット能力があるなしでけっこう点数がわかれる気がする。知覚推理やワーキングメモリーでやってた検査は正解がわかればアウトプット能力関係ないんですよね。


検査結果を心理士さんから話してもらう時に、「もしかして境界知能なのでは?」という疑念もあって受けてみたんですが…という話をしたら、処理速度が他に比べると低めなので、想像より遅く感じるのかも、と言われたんですが、同じく低めな言語理解もアウトプットの比重がけっこう高いことを考えると、全体的にインプットは得意だが、アウトプットは不得意という傾向になるのかな~という感じがします。

(ちなみにIQ70以下だと知的障害の可能性あり、でIQ85以下が境界知能と言われるライン)


そう考えると体感と合うというか…。仕事も含めて、普段の生活においてはインプットも大事だけど、最終的にアウトプットが出せないと意味ないじゃないですか。そこで詰まってしまったらトータルの評価としては「あまり出来が良くない、遅い」という評価になる。

Twitterなんかで議論が盛り上がった時も読む分には支障ないんですけど、自分の意見に関しては言語化に時間かかるので、意見のアウトプットに遅れがでがちで、途中から言語化を諦めたりするので、そういう意味でも体感と合う…(笑)


結果を自分の得意不得意の把握に活かす、という意味では、ワーキングメモリーと知覚推理が高いの、正直どう活かせばいいんだ??という感じでまだ答えが見つかってないんですが、言語理解が低かったところから、「自分で思っているより言語面の能力高くないんだな~」というのがわかったので、言語化に関して、ちゃんと練習の機会を作っていこうかなと思っています。

リモート配信 うち劇「サイレント ヴォイス」感想

先日こんな記事をあげたものの、
リモート配信の朗読劇に、推しが、来ました~~~! - 考える練習
おもしろくなかったらどうしようと若干ドキドキしてたんですが(笑)、普通におもしろかった…! リモートならではの感触の違いについての発見もあり、個人的には大満足でした。

これまでリアルタイム配信をいくつか見てきて、リアルタイムだと知っていても、やはり映像だといまいち実感がわきませんでした。今回はそれが信じられる感覚があって、何が違うのかなと思ったんですが、たぶん一番大きいのは前日の荒牧さんの配信で「明日朗読劇だね」みたいな話をしてたことなんですよね。それまでも楽しみだな〜とは思ってたんですが、その発言を聞いた時に「明日この人がやるんだ」という実感が急にぐわっと湧いてきて、わくわく感が盛り上がったのを覚えています。テレビの「生放送」なんかは疑ってないのを考えると、これはインターネットに対しての私の信頼が足りていなかったところに、推しの発言でそこが追加されたのかなぁとか思ったり。


配信開始早々、大阪の池田小事件が題材であることが表示されて、これちゃんと見れるかなとちょっと不安になったりしたんですが、いざ見てみるとそこまでエグくなくて、重たい題材ではあるものの重くなりすぎず、個人的には見やすい塩梅だったなと思います。


出演者は3人。弁護団の主任弁護士(荒牧さん)と新人弁護士(大輝くん)、それに対する被告(杉江くん)、という構図の朗読劇。

通常は被告にとって弁護人って自分の味方だと思うんですけど、この被告は早く死刑にしてほしいので、そうしてくれない弁護人たちは「敵」なんですよね。とにかく非協力的で、早く死刑にしてほしいと何度も訴え、気に入らないことがあるとすぐにキレたり解任をチラつかせたりする。

実際にリアルにいたら関わりたくねぇ~という感じですが、この被告の演技がとてもよくて惹きつけられました。無気力なようで注意深く相手をうかがっている目線とか常にちょっと揺れてるような身体の動きとかから、被告の精神的な危うさや神経質な狡猾さがにじみ出ていて、めちゃめちゃよかった。

のらりくらりとしていて、馬鹿にするような態度も取る被告に、「あなたはなんでそうなんですか!?」と怒る新人弁護士くん。素直すぎるけど気持ちはわかる。ただ、いくら新人とはいえ、そこまで素直に反応する人がこんなタイプの事件の弁護につくか??と思ったけど、もしかしたら見ている側が置いていかれないための配置なのかもしれない。

事件当時、精神的におかしかったことが被告人の話からわかり、そうなると「心神耗弱」ということになり、犯罪の責任を問えないことになるのでその線で弁護を進めようとします。しかし、しばらくしてそれが嘘であることが判明。追い打ちのように被告の父からの手紙が届き、「あいつは嘘ばっかり言うから信じないでくれ」という内容。


それまで主任弁護士は「弁護する側は被告がどんな犯罪者であろうと弁護士としての役目を果たすべきだ」という信条のもと、あくまで穏やかに被告とやりとりしていました。ここへ来てついに感情を爆発させます。

ここの荒牧さんの演技が怖かった~~。ここは後で詳述します。

売り言葉に買い言葉的な側面もありつつ、主任弁護士を降りますって言うんですよね。事務所に帰ってきて、もうべこべこに凹んでる主任弁護士に新人弁護士くんが「カッコ悪いですね」って言い放つのがめちゃめちゃよかった。まぁいうて先輩に対してそんな言い方はしないだろと思うのでファンタジーだなぁとも思うんですが(とかいって実際の事件でほんとに言ってたらすみません)。

でも実際、心神耗弱が狙えないとなると、もう弁護団にできることないんですよね。現行犯だし、関係ない子供たちを殺したわけだから情状酌量の余地も特にない。

新人弁護士の「やりたいようにやればいいんじゃないですか」という諭しのもと、たどりついた答えが「謝らせたい」。

次からの接見では、なんとか自分のしたことの重大さに気づき、反省してもらうことに注力しだす主任弁護士。結局そこまではたどりつかず、迎えた最終弁論。

「最後に何か言いたいことはありますか」とうながされても結局謝罪の言葉は口にしなかった被告人。

その後、もう一度弁護士二人と会った時もあくまで謝罪の気持ちはない、と言うのですが、盛大に揉めながらも主任弁護士を解任しなかった理由について、「ばあちゃんに似てる」と言いだします。

「あいつ、バカみたいに俺のこと信じて… どんだけボロボロになってもずっと俺のこと信じててさぁ…」と語る表情や口調は嘲るようなんですが、哀惜や愛情が感じられて、おばあちゃんが信じてくれてたことが被告にとっては救いだったんだろうなというのと、これを弁護士に話すのは、少しは心を許したのかな…というのを感じて、じんわり泣きそうになりました。


1部の時は時々画像が止まってサウンドドラマ状態になったり、2度ほど完全に止まって一時中断したり、と通信での問題が頻発していてなかなか集中しづらかった…。2部では直っていて、ほぼほぼ止まることもなく見られてよかったです。オンラインでの配信はこういう問題が発生しうるのが難しいところですよね…。無料ならまぁいいかと思えるけど、お金取るならこのあたりはちゃんとしていてほしい。


1部の時は荒牧さん演じる平弁護士が何したいのか途中までよくわからなくて、「謝らせたい」というのが出てくるまでずっともや~っとした状態で見てました。2部でようやく、最初は職業的な倫理観から、ちゃんと弁護しないと、と思っていたのが途中で決壊し、そこから「謝らせたい」につながるんだなというのがわかって、それからはすっと感情が染み込んでくるようで、すごくお芝居として面白かったです。

キャストさんたちも1部の時は緊張してたのが、2部は変な緊張が取れてのびのびとしていて、感情がクリアに伝わってくる感じがあったので、そのせいもあるかもしれない。

そんなわけで2部の方が感情を味わえる感じだったんですが、荒牧さんの怒りの演技が、意図的なのか、自然にそうなったのか、1部に比べるとけっこうボルテージがあがった感じだったんですよね。怒りが湧き上がるシーンは何回かあったんですが、毎回1部より程度が高めで、特に感情が高ぶるシーンでは、これ以上高ぶるとセリフが言えなくなるのでは?と思うようなギリギリのラインっぽい感じで。それ見ててちょっとしんどくなってしまって。軽く目をそらして横の杉江くん見たりしてたんですが、これまで怒りを飛ばし合うような演技見てても目をそらしたことなんかなかったから自分で意外でした。杉江くんもだいぶ振り切った怒りの表出してたんですが、コントロール効いた感じではあったからなのか、こっちはそこまで気にならず。

カメラ目線でこっち見てるとはいえ、別に自分が怒られてると誤認したわけではないんですよね。そのセリフと感情は被告に向けられたものであることは理解していた。ただ、怒りの感情をまっすぐ、ダイレクトに受け取ってしまったような感覚がしんどかったのと、真正面から見る怒りの表情が怖かったのを覚えています。

通常の舞台と比べると準備期間が短い分、あまり複雑な色味のない、純粋な「怒り」に近かったのも原因なのかもしれないな…。クリアな分、すぱっとささってしまうというか…。



それから本編後のフリートークについて。
終わった直後なので全員リアルお疲れ様でした~~状態で、しかもトークテーマの設定もなかったので、すごいゆる~っとした感じだったのがおもしろかった(笑)。トークテーマは話すとっかかりとして用意してあげたほうがよかったんじゃないか?と思うけどもw

杉江くんの「頭かっぴかぴになってきた」に対して大輝くんが「ほらもう思いついたことそのまましか喋れなくなってるじゃん」って言ったのがツボでした。

本編に対してのそこまで深い話は出なかったかな~という感じなんですが、朗読あるあるの準備期間の短さについての話が出まして。杉江くんが「あぜみちを走ってるみたいだった」って言ってたのが印象的でした。「普段はあぜみちを稽古でならしていくけど、今回は準備の期間が短かったから、あぜみちをそのまま走るようだった」と。


バストアップでの配信だと普段の観劇とは違う感覚で吸収できる部分があるんだなというのがわかったので、またこういう機会があると嬉しいなぁと思います。

意外と解釈の幅ないよね、という話

先日の無料配信で悲伝見た方で、「光忠を折るとかしたほうが悲劇性が高くてよかったように思うけど、2.5だから難しかったんだろうな」と仰ってる方がいて、私は確かにな~と思いつつも、「光忠自身が三日月さんは僕を殺すつもりはなかった、って言っちゃってるから、折るとしたら筋自体が変わっちゃうし……」と思ったんですが、そこではた、と。


その説明があることでかえって話がややこしくなってるのでは??


三日月に刺されたことに対する光忠のセリフが顕著ですが、「三日月はひどいことしてるようだけど、思うところあっての所業で、ほんとうはいいやつ*1なんだよ」というのを悲伝は手を変え品を変え何度も何度も伝えてきます。

何度もそのメッセージを伝えることによって、「三日月はひどいことしてるようだけど、思うところあっての所業で、ほんとうはいいやつなんだよ」という解釈が「正解」になってしまってるんですよね。描写からどう見えようが、上記の解釈が「正解」であるとさんざん悲伝が示している以上、例えば「三日月はクソ野郎だ」という解釈は「間違い」になってしまう。

「ほんとうはいいやつ」解釈をすんなり感じられるもしくは信じられる人はいいんですが、そう感じられない人はどう思うかというと、描写で伝えずに説明で解釈をゴリ押ししてくるという印象になるんですよね。


逆に「ほんとうはいいやつ」という説明がいっさいなかったらどうなるか。

「三日月はクソ野郎である」という解釈も間違いではなくなるんですよ。注意してほしいのは、これが唯一の正解になるわけではありません。

「三日月はほんとうはいいやつなんだ」という解釈も「三日月はクソ野郎である」という解釈もどちらも正解になるということ。


ここまで考えてきて気づいたんですが、悲伝ってぱっと見はいろいろな解釈ができそうに見えて、実は多種多様な解釈が許される作品ではないんですよね。がつがつ説明を入れたことで、ほぼ正解の解釈が定まった作品になってしまっている。

それこそ光忠を折ってしまって光忠の説明セリフをなくし、「思い出そう、三日月のこれまでを」みたいなシーンも削り…、ってやっていけば、悲伝の三日月に対しての解釈はいろいろな解釈ができるものになったと思います。

その場合も私の「三日月まじでクソ野郎だな」という印象は変わらないと思うんですが、
たぶん悲伝自体に対しては気持ち悪いという感想にならなかったと思うんですよね。「これはそういう話なんだな」ですんでしまうから。


というのもですね、先日とある作品で、まぁ~えげつないことを最終的にやってしまう人物が出てきたんですが、作品自体に対してはむかつかなかったんですよ。考えてみればそりゃそうなんですが、別にむかつく人物が出るイコールその作品を嫌いになるとは限らないんですよね。「作品自体はめちゃめちゃよかったな…ダメージがすごかったけど…。あれ、なんかこの感じ、悲伝と似てるな」と不意に気づいて、じゃあ悲伝が気持ち悪かったのはなんでなんだろう?と。


「なんか納得いかないけど、たぶんいい話なんだよね…?」ってなってた人たちは、上記の「ほんとはいいやつなんだ」説明がなかったら、素直に受け取れて印象違ったんじゃないかなぁ。そう考えると悲伝でやたら説明入れちゃったのすごく惜しいですね。まぁ、光忠のセリフとかが後付けっぽいの考えると、公式サイドに注文つけられて変わった部分だったりするのかな。そのあたりを削ってたら、それこそ2.5の枠を越えた、演劇らしい作品になってただろうなぁと思います。


おまけ:「三日月はクソ野郎」解釈だと後々整合性取れないんじゃないかって思う人もいるかもしれないんですが、たぶん最後の最後には種明かしくると思うので、その時に「あっ、やっぱり思うところあっての行動だったのか!」ってなればすべて覆って整合性が取れます。

*1:「いいやつ」という表現はいささか雑ではあるんですが、いい代替表現が思い浮かばなかった

リモート配信の朗読劇に、推しが、来ました~~~!

「今できることを」ということで各所でリモートでできる試みが立ち上がっているのを、「いいなぁ…推しも何か出てくれないだろうか…」と羨ましく思っていたので、めちゃめちゃテンションがあがっています。話の中身がどうこう以前にとにかくこの新たな試みの流れの中に推しも投下されたことが嬉しい…!(雑か) ここ一年ぐらい気になっている山崎大輝くんも共演なのがまた嬉しい。一挙両得。


第1弾のダイジェスト映像がYoutubeにアップされているんですが、リモート配信あるあるの等分割された画面じゃないんですよね。出演者3名のバストアップの画像が合成されて1つの画面に収まっていて、背景画像はシーンに合った画像になっているので、単なる等分割と比べると臨場感が増してて楽しい。


あらすじはこちら:

白昼の小学校に男が侵入し、多数の児童を殺傷する無差別殺人事件が発生。
弁護士・平健吾は、新人弁護士・新垣優と共に、日本犯罪史上最悪の被告と呼ばれる実行犯・佐久田冬馬の弁護を担当する事になり、激しく心をぶつけ合う。
おだやかな性格の平と正義感の強い新垣はめちゃくちゃな供述を繰り返す佐久田に振り回され、乱されていく…。それでも佐久田を理解しようとする平、そんな平に苛立ちを隠せない新垣。
人間の深い業を描いたヒューマンドラマ。彼らに救いはあるのだろうかー。

荒牧さんが平弁護士役で、山崎くんが新人弁護士・新垣役、杉江くんが被告役なんですが、正義感が強くて、めちゃくちゃな供述を繰り返す被告人に寄り添おうとする平に苛立ちを隠せない新垣、はまり役な予感しかしない…!見たい…!いや見るんだけど。
そういえば、配信だとチケット取れるかなとか考えなくていいのもいいですね。


ただ、チケット販売の仕様がちょっと謎。
配信チケットの購入が出演者ごとに別ボタンになってまして。朗読劇本編と出演者全員でのアフタートークは共通っぽいんですが、その後の楽屋トークに関しては、その出演者のものしか聞けないらしい。つまり複数人分が聞きたければ複数買わないといけないのか…なるほど阿漕な商売上手な…と思ったんですが、よくよく説明文読むと、「第1部公演と第2部公演それぞれ、お一人様1枚まで購入が可能です。」ってなってて、誰か1人分しか買えない仕様。売りたいのか売りたくないのかどっち…!?

LIVE配信でしか見られないなら、複数買ったところで一つしか見られないからこの制限もわかるんですが、当日23:59までは映像見られるらしいんで、片方をLIVEで見た後、他のをアーカイブで見るのはできると思うんですよね…。何かシステム上の都合なのかな。


何はともあれ、今週末が楽しみです。

近況 & 配信のオススメ

みなさま、いかがお過ごしでしょうか? 私は元気です(?)

GWのすべての観劇予定が吹っ飛び、「これは例年になく暇なGWになるな…」と思っていたんですが、毎日刀ミュの無料配信見て、合間に断捨離したり他の配信見たり漫画読んだりしていたら、あっというまにGWが終了していました。

最後に観劇したのが3/21。4月上旬あたりは観劇できないフラストレーションがたまってなかなかつらかったんですが、そこからさらにひと月たって、「劇場に行かない」ことに身体が慣れてきたような気がしています。


最初は配信って集中しづらいな~と思ってたんですが、ちょっとコツをつかんできた感触があって、個人的に一番のコツは「劇場での観劇時と同じレベルの集中力を(自分に)期待しない」ことかなと思ってます。矛盾してるようですが(笑)。例えば友人との円盤鑑賞会とかが想像しやすいかなと思うんですが、そういう時って劇場で見る時みたいに120%の集中力で見ないじゃないですか。80%ぐらいの集中で、感想言い合ったりヤジ飛ばしたり(?)しながら見ますよね。ああいう感じ。

各所の無料配信とか見始めた最初の頃は「劇場での観劇時と同じように集中できていない自分」が気になって余計集中そがれてる部分があったんですが、80%ぐらい集中できてたらOKかなというゆるい感じで見るようにしてから、かえって前より集中しやすくなったように思います。

それから、「軽く中断はしても、完全中断はしない」。配信を見ていて集中がとぎれてきたと思ったらいったん完全に中断して、別のことを30分とか一時間とかしてから再開したりしてたんですが、これやると再開の時にけっこうエネルギーを要するのがわかってきたのでやめました。ゆるい気持ちでとはいっても、やっぱり「芝居に集中するモード」に入るには多少エネルギーがいるんですよね。ただ、携帯が気になって触ってしまった時なんかは、一時中断して、数分程度、気が済むまで触ってから戻るようにしています。


今のところ一番おもしろかったのが「12人の優しい日本人を読む会」。
5/6に生配信してたものなんですが、5月中(暫定)はアーカイブ残してくれるそうなので、よければぜひ。
前編 https://www.youtube.com/watch?v=3e2aKThmhXM (1:28:05)
後編 https://www.youtube.com/watch?v=ZDagy7MmFhY (58:33)
以前舞台作品として上演した「12人の優しい日本人」の台本を俳優陣がリモートで読む、という企画。朗読劇みたいな感じかな~舞台の評判よかったっぽいから見てみるかと気楽な気持ちで見始めたら、誰も台本読んでないし、気迫のこもった演技でもはや普通に舞台見てるのと変わらなかった。陪審員裁判のために集められた12人が有罪か無罪かを話し合うんですが、どんでん返しにつぐどんでん返しで、話がどう落ち着くのかまったく予想できなくて、めちゃくちゃおもしろかったです。


それから、人は選ぶと思うんですが、ぼろぼろ泣いたのが劇団チョコレートケーキさんの「追憶のアリラン」。
こちらは5/10まで(もはや今日!w)
https://www.youtube.com/watch?v=7EVys-1MNCA (2:19:38)

第二次世界大戦末期、大日本帝国の統治下にあった朝鮮に駐在していた日本人公務員の視点を中心に描いた物語。主人公は朝鮮人も日本人と同等に扱うべきだという思想で、時には憲兵隊隊長に意見したりもするんですが、朝鮮人たちからしたら同じく「日本人」として見られるのだ、ということがあざやかに描かれていました。戦争が終わり、今度は日本人が罪人として裁かれる側になると、朝鮮人のために尽力してきた部分もあるのにあくまで「日本人」として扱われてしまうつらさ、これまで受けてきた仕打ちから、いい人もいるのがわかっていても日本を憎まざるを得ない朝鮮人たちの事情。

個々人での状況においては誰も悪くない、でもどうしようもない、というのに私はとても弱いので、もうめためたに泣きました。そしてその状況でも自分の信念を貫こうとする人たちの姿が一筋の希望のようで、そういうのにも弱いので、ぼろぼろに泣いてしまった。

ちなみに、尋問するシーンはありますが、ボコボコに拷問するようなシーンはないので、戦争ものとしては見やすいと思います。

現実とフィクションのあわい - 「要、不急、無意味(フィクション)」感想

劇団た組さんのインターネット公演「要、不急、無意味(フィクション)」の4/19(日) 13時公演を見た。

Skypeを利用したリアルタイム上演(?配信?)と聞いて、どういう感じなのかなという好奇心から観劇(?)した。作り手の意図とはズレたところでおもしろがっている気がしてならないが、めちゃめちゃおもしろかった、という話。

話の内容については、詳細に書いてくださってる方がいらしたので、そちらを見ていただいた方がいいかと思う。
maguromgmg.hatenablog.com




今回の公演はSkypeのグループ通話を利用した方法だったため、メールで送られてきたリンクで「通話に参加」するところから始まった。Skypeアプリの真っ暗な画面の上方に静かに参加者のアイコン(大半は画像設定なしでアルファベット数文字が表示されているだけ)が粛々と増えていくのは不思議な光景だった。マイクとビデオをオフにした参加者が静かに増えていく。

上演5分前に開演前の諸注意。飲食禁止や私語禁止のアナウンスがないかわりに、マイクとビデオはオフにしておいてくださいという内容。録画や録音禁止のアナウンスも。Skypeスクリーンショットを撮るとチャットと連携していてバレるというのは初めて知った。

Skypeを使うのが久しぶりだったので、ちゃんと見れるのかが若干心配だったのだが、上演開始前にテストとして、いったん俳優さんたちの映像を映す時間があって安心した。4分割の画面に映し出される俳優さんたちのお顔。

スマホ版のSkypeでは、俳優さんたちのアイコンを自分で画面中央に持ってこないと映像が映らないらしいのだが、そのアイコンが見当たらないというコメントがチャットに書き込まれ、「マイクに反応するので、喋ってもらえますか?」ということに。「○○です」と各々名乗る俳優陣。

私はここで初めて、彼らも「今まさに」画面の向こう側にいることを実感したように思う。リアルタイム配信であることは「知って」はいても、それまではなんだかんだで映像として見ていた気がする。

余談だが、「健介さんだけ見えないです…」というコメントが書き込まれ「健介、見えないってよww」と俳優さんたちが笑うという一幕があり、くつろいだ、素っぽい様子を見ていると、本当にSkype通話の覗き見をしているようで、妙な親密さを感じてどきどきした。

不具合報告のチャットが落ち着いたところで、いったん俳優さんたちのビデオをオフ。そこからあらためて上演開始となった。

お芝居の内容は、Skype通話で友人4人がぐだぐだとしゃべっているところを見る、というもの。現状と同じようにコロナウイルスのために外出が自粛されているために彼らはオンライン飲み会をしようということになったらしい。繰り出される不満や愚痴はまさに私達が喋り、見聞きしている内容そっくり。

ただここでちょっと惜しかったなと思うのが(というと上からになってしまうが)、救済策として30万出るけど、あれだいたいの人もらえないよね、という話をしていて、あ、「今」ではないなというのがわかってしまったこと。まぁでもいつ政策が変わるかなんてわからない以上、そこまで厳密に取り込めというのがそもそも無茶ではある。


開始から5分くらいたった時だろうか。途中から参加した人が操作がわからなかったらしく、マイクとビデオをONにした状態で参加してしまった。しかも間の悪いことに、その段階では4人の内の一人がまだSkype通話に参加していないという設定で、画面が4分の3しか埋まっていなかったので、空いたスペースに突然の闖入者が映し出されることになってしまった。

いや邪魔だな~早くビデオをオフにしてくれ…と思いながら3人の芝居を聞いていたら、「なんか映ってない?」「え?ほんとだ。なんだろ?」と俳優たちが触れ始めたのは驚いた。しかし、彼らがこのSkype画面を見ながら喋っているのだと考えれば、突然の謎の映像に触れない方が不自然である。そのあたりでようやく闖入者の映像がオフになり、3人は元々の話題に戻った。

これはまさしくハプニングであり、明らかに公演としては予期してはいないことだが、この時にあらためて「今まさに彼らも画面の向こうにいること」を強く感じて、私はまた映像として見ていたんだなと思った。

詳細は省くが、会話の流れからAVの音声を聞く流れになり、しかもそのAVを止められなくなったために、喘ぎ声をBGMに会話を聞く状態になる。「シュールだな~」と思いながら聞いているうちに、もう切ろうという流れになり、4人がそれぞれ切っていく。(余談:確かこの時に、最後に一人が名残惜しそうにしばらくつながった状態になっていたのがなんだか印象的だった)

唐突な幕切れだったなぁ…と思いながら、真っ暗な画面を眺めること数秒。

「一年後」という文字と音声。

えっ、嘘でしょ!?

リアルタイム配信であること、「今この時」を共有していることに意味がある公演だとここまでの流れで勝手に思っていた私はかなり驚いた*1。先程までは、私と彼らとで「今この時」を共有していた。同じ時を生きていた。しかし、彼らは一年後の時空に進んでしまった。先程から地続きで存在する私と、映像の中の一年後の彼らがうまく処理できなくて、脳が戸惑ったのを覚えている。


私はそこからあらためて、「フィクションの作品」として見始めた。画面の中の彼らは「一年後の彼ら」。その認識を脳になんとか浸透させた。この時の現実から切り離されるような感覚は味わったことがないものだった。

この後さらにもう一度、一年時間が進んで最初のシーンから二年後にも飛ぶのだが、個人的には一年後は悲観的すぎる予測だし、そこを基準に考えるなら二年後は楽観的すぎるなという印象だった。

そのあたりの、私の想定する未来像からの遠さが原因なのか、一年後に飛んだ時の現実感からの切り離しの印象が強すぎたのかはわからないが、一年後二年後の部分に関して、あまり今の延長線上にありうる未来だという感じが私はしなかった。あくまでフィクション、ファンタジーという感じ。


最後の幕切れもぬるっとした終わり方だった。
真っ暗な画面に表示され、読み上げられる、
「この物語は、フィクションでした」

そう、フィクションなんだよなぁ。リアルタイムでSkype通話でつながって彼らの姿を見ていたけれど、これはあくまで「フィクション」なのだ。


この公演は、何をもって私はリアルタイムだと感じ、現実だと感じるのか、その境界が揺さぶられるような体験だった。

双方向なやりとりが発生した瞬間の「彼らも今まさに向こうにいるんだ」という気づきと、彼らが一年後にスキップした時の「置いていかれた」感じ。いずれも新鮮な感触で、とてもおもしろかった。

*1:しかし、そもそも暗転=場面転換なので、そこで気づけよという話ではある

HIGH&LOW THE MOVIE 1-3 を見ました

人気なんだなぁとぼんやり横目で見ていたハイロー。
youtubeで無料配信してたのと、(現在は終了しています)、オススメされたので、見てみました。

ふっつーにおもしろかった!

アクションがすごいというのはさんざん聞いてて。話はまぁ考えずに見て、みたいな感じでよく聞いてたので、もっと話に中身ないのかと思ってたんですよね(笑)

話も普通におもしろかった。特に2と3はわりとちゃんと考えられてるというか…ストーリーラインがけっこうしっかりしていて意外でした。普通にハラハラドキドキしながら見ていた。人気出る理由がよくわかりました。やっぱり見てみないと駄目ですね。


以下、ネタバレ気にしてないけど、たぶん見てないとわからない感想です。


見てて新鮮だったのが、最初から最後までヤンキーの理屈で戦うこと。どっちが正しいとかの話を基本的にしないんですよね。ホワイトラスカルズとダウトが女についての価値観の違いでちょっとそのあたりの話をしてたぐらい? それ以外は徹頭徹尾、ヤンキーの美学にのっとって戦ってて、とにかく喧嘩売られたら買う、仲間(or家族)が傷つけられたら戦う、ただただそれのみ。3で対ヤクザに話が広がった時はどうすんのかなと思ったんですが、一応体外的な作戦も入れつつも、そこにあんまりスポットが当たらない感じで、メインはあくまでヤンキーの理屈での戦いという印象になってて、なるほど~~!と唸りました。

ただ、そこが新鮮ではあったんですが、個人的に物足りないなと感じた部分でもありました。話は面白いし、アクションすごいんだけど、何か大事なものが満たされない感じで、心の中にすっぽり空洞が空いたような感じがして、あ、そうか私は考え方の対立が見たいんだな…と。これまでこういう対立する話を見る時ってお互いの価値観の対立を見てたんだな~ということに気づきました。

思想が出てこないということは、逆に考えれば、誰が見ても、思想に共感できないから主人公サイドに共感できない、というのが発生しないんじゃないかな?とも思います。そういう意味ではこれは誰でも純粋に楽しめるエンタメなのかもしれない。

さんざん書いてきたけど、これまでヤンキーものって私はほぼ見たことがないので(ごくせんぐらい)、ヤンキーものではみんなこうなのかもしれないな…笑 もしそうなら忘れてくださいw



あとこれは書いておきたいのが、スモーキーが超ツボでした……。ああいうキャラ好きなんですよね。しかも私は他者を気遣って笑顔で「大丈夫だよ」って励ますシチュエーションが大好きなので、3のいよいよ無名街がやばいというところでの「大丈夫だよ、いつだって心は一つだ」みたいなこと言うシーンは笑顔で喋り始めたとこから泣き始めてました。タケシに後を任せ(ここも泣いた)、一人で立ち向かうスモーキー…。美しい横顔に、過去を思い出すようなゆるやかな笑み……。↑で心に空洞がとか言っといてあれですがこのくだりはぼろぼろ泣いてハンカチで目元を抑えました。

あとRUDE BOYS の戦闘スタイルが好きなんですよね。身軽にひょいひょい動いて、体の使い方で戦うスタイルが見ててとても楽しくて好き。


そういえば、最後に出る注意書きの「絶対に真似しないでください」に笑ってしまった。小中学生だったら絶対やるよな…。私も瓶投げつけるやつやってみたくなったもんな。いきおいよくコンクリの塀とかに投げつけてどうなるのか確認してみたい。やりませんけども…(当たり前)。