考える練習

舞台やイベントの感想など

末満作品における伏線回収について

「末満作品は伏線回収がうまい・気持ちいい」という意見をときどき見るけど、私はそうは感じないんだよな、何によるんだろう……?と思っていたのが、理由わかったので、それについて。

末満作品は基本的に伏線の張り方と回収の仕方が派手なんですよね。「ここ!ここが伏線ですよ!」って感じで張って、回収の時も「さぁ!ここで回収します!どーん!」って感じ。こういうタイプの伏線は確かに末満作品では頻出します。ちょっと考えると「あぁあれそうだったな」と思い当たるものがある。これは非常にわかりやすいし、そういうタイプの伏線が好きな人にとっては、すごく気持ちいいんだろうなと思う。

じゃあなぜ私は「末満作品は伏線回収がうまい」という認識になってなかったというと、私にとってはそういうのって伏線ではないんですよね。張られた時はちょっと違和感感じる程度で、回収された時に「あっ、だからあの時!」とそのシーンに対しての見方が変わる、そういうのを私は伏線として認識してます。世界に対しての認識が一筆で鮮やかに塗り替えられるような感じ。これをやられるとめちゃめちゃ気持ちいいので、このタイプの伏線は大好きです。

で、末満作品だとこのパターンは基本的にないんですよ。どれも伏線を張る段階で「いかにも伏線でござい」という顔をしてしまっている。親切設計といえば親切設計なんですけどね。誰でも気づくから。ただ、私にとっては、ド派手に張られた伏線をド派手に回収されても、伏線というより、ただの筋書きに近い感覚になってしまうので、特に気持ちよさは感じないという…。「あー、あそこで張ってたやつだな」みたいになってしまう。

「伏線回収がうまい」という認識になるかどうかは、伏線にどこまで含めるかの違いによるものなんだなという話でした。